従業員エンゲージメントの潮流と実践企業─2023〜2025年総まとめ
労働人口の減少を背景に、定着・離職防止の観点で注目されてきた従業員エンゲージメント。2019年、コロナ禍突入によりリモートワークが主流となると、状況に変化が訪れます。マネジメント難易度が急激に上昇し「従業員の状態」をデータで捉える必要性が急上昇したのです。
2020年に発表された人材版伊藤レポートでは、人事戦略に求められる共通要素の一つに従業員エンゲージメントが挙げられ、日本の従業員エンゲージメントスコアの低さや業績との相関も認識されたことにより、従業員エンゲージメントへの注目度がさらに高まりました。

(出典:経済産業省「人材版伊藤レポート」 p.26 )
また、2022年には、人材版伊藤レポート2.0(5月)、人的資本可視化指針(8月)が発表され、従業員エンゲージメントは“企業価値のドライバーとして説明責任がある指標”になり、従業員エンゲージメントを取り巻く環境が大きく変わってきています。
直近では、2023年3月期決算より、有価証券報告書を発行する大手企業約4000社を対象に、人的資本の情報開示が義務化されました。開示項目には、任意項目として従業員エンゲージメントが含まれています。それに伴う形で、従業員エンゲージメントの潮流に更なる変化が訪れました。社員の意識データ(プロセス指標)を経営が説明する時代に突入したのです。
この流れを受け、2023〜2025年は、日本企業における従業員エンゲージメントが、単なる人事施策のツールから「経営を動かすデータ」へと劇的に進化した期間でした。この進化は、従来の分析アプローチから、より深く、戦略的な分析へと移行したことを示します。
- 状態把握のための分析 → 価値創造に繋げるための構造を理解する分析へ
- 平均スコアの単純比較 → 属性差の“構造ギャップ”分析へ
- 単発・単一の意識調査 → 経営KPIとの連動へ
この流れは、経済産業省・人材版伊藤レポートや、内閣官房・人的資本可視化指針が公式に示す方向性と一致しています。
本記事では、この最新潮流を体系的にまとめ、明日から役立つ実践企業の事例と、分析の全体構造など、トレンドを総まとめでご紹介します。
1.エンゲージメント分析は「構造を問う」時代へ
2.近年の潮流|2023~2025年の動向
3.企業事例|潮流の実践企業
4.高度化する分析の「全体構造」と組織にもたらす「価値」
5.まとめ
目次
エンゲージメント分析は「構造を問う」時代へ
エンゲージメント分析は、平均スコアの比較だけでなく、“なぜそうなるのか(構造)を問う”時代 に入りました。単に「エンゲージメントが高いか低いか」を見るだけではなく、そのスコアを形成している要因や、それが引き起こす効果を科学的に分析するニーズが高まっています。
背景には、以下の5つの要因が複合的に絡んでいます。
- 人的資本開示の義務化・強化:投資家への「説明責任」の増加
- 人材投資のROI説明ニーズの増加:戦略的な「人材施策への費用対効果」の明確化
- 経営戦略と人材戦略の連動:人材戦略を経営の根幹に据える必要性
- 若手・管理職など属性差の拡大:世代や役割ごとの課題の複雑化
- AI活用による分析高度化:高度な統計解析手法が容易に利用可能に
企業は「何を改善すべきか?」を、科学的・客観的に説明できるデータ、すなわち改善の優先度が明確になるデータを求めています。
近年の潮流|2023~2025年の動向
【潮流①】:「独自性」のある取組・指標・目標
エンゲージメントサーベイに、自社のビジネスモデルや戦略や課題を元にした、「独自性」を盛り込む企業が増えています。
これまで、パッケージ化され他社比較を前提とした同一・均一の設問が用いられてきた設問項目などが、「より自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性のある」もので設定されるようになっています。
例えば、エンゲージメントサーベイの設問項目を自社用にカスタマイズすることから始まり、その設問の中で、「最も重要な設問」・「カテゴリーの中で重要な設問」・「その他の設問」のように、設問の重要度・優先度を自社独自の指標・目標として設定し、その指標・目標を高めるための独自の取り組みを推進する企業が多く見られるようになりました。
具体的には、以下のような設計が、例として挙げられます。
- 「●●(会社)の社員でいることを誇りに思う」を、自社独自の最重要設問として設定
- 関係の強い(影響度の強い)設問(例:「自分の職場を親しい友人にどの程度勧めたいか」、「●●(会社)に将来性を感じるか」など)を、関連の重要設問として設定
- 関連の重要設問を構成する設問(例:「会社を信頼しているか」、「仕事にやりがいを感じるか」など)の数値向上を従業員エンゲージメントのKPI目標に設定
- 「説明機会・発信機会の増加」、「感謝の量の見える化」など、自社の課題に即した独自施策の検討を行う
「①自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性のある取組・指標・目標」(出典:内閣官房「人的資本可視化指針」 p.22)
【潮流②】:構造分析(パス分析)を用いた「改善優先度の特定」
従来は「スコアが高いか/低いか」で改善ポイントを判断する傾向にありましたが、「どの要因が、どの結果に、どの程度影響しているのか」という構造(パス)を把握するアプローチが、多くの企業で取り入れられ始めています。
構造の例として、「尊敬・信頼できる関係性 → 仕事のやりがい → 能力発揮 → 仕事への活力」 のように、心理的要因から行動・成果に至る“影響の連鎖”を明らかにする分析が増えています。
(仕事への活力の根底には、尊敬・信頼できる関係性が不可欠であり、関係性を醸成するような施策が必要となる、という一連の流れが「構造」となる)
この流れは、公式指針が「投資 → 従業員の状態 → 成果 → 企業価値」の構造を把握して改善すべきであると示されていることで、企業側も構造分析(パス分析)を取り入れる動きが加速してると考えられます。
「人的資本への投資のインプット・アウトプット・アウトカム:企業価値向上とのつながりを分析(逆ツリー分析)」(出典:内閣官房「人的資本可視化指針」 p.42)
【潮流③】:従業員エンゲージメント × 経営KPI(生産性・離職率等)の連動分析
人的資本開示が強化された2023年から2025年の間に、企業は従業員エンゲージメントを“人事主導の施策”ではなく、経営KPIと連動して説明する経営データ として扱い始めました。
従業員エンゲージメントデータと経営KPIを連動させることで、手を打つ箇所(部署や役職・職種などの属性)の把握や、経営データへの影響を予測することが可能になれば、従業員エンゲージメントの状況や取り組みが「経営へのインパクト」として具体的な数値で把握出来るようになります。
例:
- 従業員エンゲージメント → 生産性(売上/人)の違い
- 従業員エンゲージメント → 離職率の予測
- 心理的安全性 → インシデント率・品質不良率
- マネジメント行動 → 顧客満足(NPS)
公式指針でも、取り組みの目標やその進捗をモニターする指標を設定する必要性を示しています。
「人的資本指標のモニターと情報基盤の構築」(出典:内閣官房「人的資本可視化指針」 p.39)
企業事例|潮流の実践企業
統合報告書や人的資本レポートで具体的な取り組みを開示している先進企業の事例を、上で触れた潮流部分に沿った形でまとめます
| 企業名 | 公開資料 | 従業員エンゲージメントの特徴・活用 | 参照URL |
|---|---|---|---|
| 株式会社セブン&アイ・ホールディングス |
セブン&アイ HLDGS. サステナビリティデータブック2024 |
挑戦・革新を続けるカルチャーを醸成するための独自調査(カルチャー&エンゲージメントサーベイ)の実施。 経営陣と従業員とのダイレクトなコミュニケーションの場など、独自施策を公開。 |
https://www.7andi.com/library/dbps_data/_template_/_res/sustainability/pdf/2024_all_01.pdf |
| 株式会社小松製作所 | Komatsu Report 2025 |
グローバル・エンゲージメント・サーベイを実施し、各国・各部門で異なる課題・アクションプランを精密分析を用いて抽出。 (事例:チームワーク強化・リーダーシップ育成、優秀な人材定着、職場紹介、競争力ある報酬制度・福利厚生制度) |
https://www.komatsu.jp/ja/-/media/HOME/ir/library/annual/2025/ja/kmt_kr25j_print.pdf |
| SOMPOホールディングス株式会社 | SOMPOホールディングス統合レポート2025 | 従業員エンゲージメントデータと合わせ、健康管理に関するデータ(労働時間やストレスチェック結果等)を職場単位で可視化。 | https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/doc/pdf/disclosure/hd/2025/hd_disc2025_1.pdf?la=ja-JP |
高度化する分析の「全体構造」と組織にもたらす「価値」
ここまでで示した通り、従業員エンゲージメントは「経営を動かすデータ」へと進化してきました。
サーベイを実施するだけでなく、「サーベイ結果から何が見えるのか?」を深堀りするための分析(平均スコアを比べるだけではなく、構造的な紐解きを行うなど)をし、課題・施策の特定をしていくことが求められます。分析内容が、経営の意思決定における判断材料のひとつになるのです。

<構造解説>
エンゲージメントサーベイの結果が、「なぜ」そうなるのか?「誰の」課題と想定されるか?そして、「経営KPIと連動」するのか?を特定することができるようになれば、意思決定をより正しく行うことに繋がると想定されます。
① 構造分析(なぜそうなる?):
尊重・信頼がやりがい、能力発揮、活力へと繋がるパスを分析し、改善優先度を明確化します。
② 構造ギャップ分析(誰の課題?):
属性ごと(例えば、若手↔ベテラン、管理職↔非管理職など)の構造差を可視化することで、属性ごとの課題抽出・施策設計を可能にします。
③ 経営KPI連動分析(経営へのインパクトは?):
従業員エンゲージメントを離職率、生産性、企業価値に連動させ、人材投資ROIの説明責任を果たします。
<分析高度化の価値(例)>
これまでの単純比較ではない、高度な分析(深堀り分析)を行うことで、これまでにない価値が組織にもたらされると想定されます。
・若手・管理職のギャップの可視化:世代間の相互理解と適切な施策設計が可能に
・離職リスクの早期発見:AI予測などによる予防的なアプローチ
・マネジメント行動の標準化:「上司が何をすれば成果が出るか」が明確に
・施策の改善優先度が明確に:データに基づき、最も効果の高い施策にリソースを集中
・人材投資のROIを説明できる:投資家や経営層への説得力ある説明が可能に
・経営層の意思決定スピードが上がる:曖昧な意識論から、科学的なデータ駆動型経営へ移行
まとめ
本記事を通じて、従業員エンゲージメントが経営データを担う時代に入ったことをご理解いただけたのではないかと思います。
日本の公式指針(人材版伊藤レポート、人的資本可視化指針など)と、先進的な取り組みを行う企業の共通点として、以下の点で一致が見られます。
1.構造の紐解き: 「スコアの良し悪し」ではなく「何が、何を動かすか」を科学的に把握すること。
2.経営連動の証明: 従業員エンゲージメントを経営KPI(生産性、離職率)と連動させ、人材投資のROIを具体的に説明すること。
これらの高度な分析手法は、単なる人事部門の取り組みに留まらず、人的資本経営を実践し、持続的な企業価値向上を実現するための不可欠なエンジンとなります。
これからの時代、従業員エンゲージメントを経営の羅針盤として活用することが、競争優位性を確立し企業価値向上を実現する鍵となると思われます。