人的資本経営とは?注目される背景や取り組みを紹介

「人的資本経営」には、複合的な意味合いが込められています。「人的」という言葉には、「人材」や「人を中心とした」といった意味があり、「人的資本」にはいわゆる経営資本そのものの意味や、「人の能力発揮」というような価値を増強する意味合いも連想されます。この複合的意味合いを前提に、なぜ人的資本経営が重視されてきたのか。具体化するには何を考えればよいのかを、ご紹介します。

1.人的資本経営とその背景

2.人的資本経営の取り組みとは

3.人的資本の情報開示を求める流れ

4.自社における人的資本経営を進めていくには

目次

人的資本経営とその背景

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

人の力の重要性は、以前から言われてきました。しかしここに来て人的資本経営が重視されだした背景を、3つの観点から見てみましょう。

第1に、企業価値向上の決定因子としての重要性です。たとえば、設備を増やす、拠点を増やすといった投資も企業価値向上につながりますが、それは目指す目標に向けた必要インプットに過ぎません。同じインプットからどれだけアウトプットに変えるかは、人の能力発揮が左右します。市場が成熟する中で、アウトプットの出し方が企業の成長を左右する度合いが増してきました。インプットの総量だけに頼っていると、経営効率も下がってしまいます。そうした点から、今後の企業成長の軸として経営戦略と人事戦略の連動・実践というものが、改めて認識されてきました。

第2に、企業の社会的責任ならびに投資家視点の変化です。もともと企業経営の原則は、1970年に提唱された「株主資本主義」に基づいて考えられてきました。企業の社会的責任として、利益を上げることを第一義とするものです。しかし、2019年にアメリカのビジネスラウンドテーブルが、あらゆるステークホルダーへの配慮を目指す「ステークホルダー資本主義」を宣言したことが、象徴的な転換となりました。各ステークホルダーに配慮していることを示すESG(Environment、Social、Governance)といった言葉もありますが、多くの投資家の視点はまさにこのESGに向けられています。人的資本は、SocialやGovernanceとつながるものであり、人的資本経営への取り組み度に投資家が注目する流れとなっています。逆に、人的資本ならびにESGという観点をないがしろにするような経営は、投資家や社会の支持を得られなくなってきています。

第3に、働く環境の変化です。第四次産業革命などによる産業構造の急激な変化、少子高齢化や人生100年時代の到来、個人のキャリア観の変化などが強まってきました。その分、企業における人材マネジメントは、一律での対応が難しくなっています。個々人がいかにモチベーションを高めて活躍してもらうか。自社に適する人材にきちんと入社してもらい、意欲を持って働き続けてもらうか。こうした点を工夫しないと、人材の定着・成長・活躍が進まず、経営戦略も想定通りに動かしきれなくなります。そこで求められるのが、多様性への対応、キャリア自律の促進、学び実践する機会の提供といった観点です。個の成長と組織の成長をつなげて考えることが、人的資本経営のベースに必要です。

背景で挙げた3点は、そのまま人的資本経営を進めるうえでのポイントにも置き換えられます。すなわち、経営戦略と連動した人事戦略をすること、人をそもそも経営の資本として重視していくこと、個々の人材の力を引き出す取り組みをしていくこと。これが、企業価値の最大化と密接に関わってきます。

人的資本経営の取り組みとは

人的資本経営への取り組みは、人材戦略の策定・実行として具体化していきます。前述した経営戦略との連動や、人を経営の資本として重視するという点は、人材戦略の策定段階で必要です。そして戦略を施策にして実行するところで、個々の人材の力を引き出すという観点も関わります。

一方、人的資本経営の推進というときには、経営陣によるそうした取り組みだけにとどまりません。経営陣からの報告を通じ、取締役会としての承認・監督、活発な議論も重要です。また、経営陣からの社内外への発信・対話も求められます。社外ステークホルダーとは対話を通じた理解の醸成、従業員とは成長を共に実現できるための関係性づくりと施策展開が関わってきます。
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(出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」

その上で、経営陣は「人材戦略の策定実行」「社内外への発信・対話」をどのように進めていくとよいのでしょうか。経済産業省の発表している「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」においては、以下のような10つの項目が挙げられています。

経営陣が果たすべき役割・アクション
〈 企業理念、企業の存在意義(パーパス)や経営戦略の明確化 〉
01. 企業理念、企業の存在意義(パーパス)や経営戦略の明確化
02. 経営戦略における達成すべき目標の明確化

〈 経営戦略と連動した人材戦略の策定・実行 〉
03. 経営戦略上重要な人材アジェンダの特定
04. 目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的なKPIの設定
05. 現在の姿(As is)の把握、“As is – To beギャップ”の定量化
06. ギャップを埋め、企業価値の向上につながる人材戦略の策定・実行

〈 CHROの設置・選任、経営トップ5Cの密接な連携 〉
07. CEOとともに人材戦略を主導するCHROの設置・選任
08. 経営トップ5Cの密接な連携

〈 従業員・投資家への積極的な発信・対話 〉
09. 従業員への積極的な発信・対話
10. 投資家への積極的な発信・対話

それぞれの方法や取り組み事例については、発表レポート等に詳しく述べられていますのでご覧ください。これらを総合的に行っていくことが、人的資本経営を前に進めるうえで欠かせません。

人的資本の情報開示を求める流れ

人的資本経営が重視されている、別の文脈があります。人的資本の情報開示という文脈です。企業価値は、企業が開示する情報によって判断されていきます。特に上場企業においては、「コーポレートガバナンス・コード」というガイドラインに沿った開示が求められています。この指針が改定されていくなかで、2023年3月より有価証券報告書で人的資本に関する情報開示が義務化されました。

なお、人的資本を可視化・マネジメントするという点については、欧米で先行して進んできました。可視化して変化をモニタリングしていくことは、経営資本としての把握・強化のためにも欠かせません。たとえば国際標準化機構(ISO)では、ISO30414(人的資本の情報開示のガイドライン)を2018年に定めています。こうした機関、あるいは各国政府が定めたガイドラインを参考に、各社として情報開示が進んでいるところです。

しかし、「人的資本」には非常に多様なものが含まれる分、何を開示するかに難しさを感じている会社も少なくありません。
たとえば経済産業省が令和4年5月に行った「人的資本経営に関する調査 集計結果」では、次のような声が見られます。

・必要性や重要性は認識しているものの、具体的な検討に至っていない。
・急激に事業が成長していることから、社内での人的資本形成ができていないというのが実情と理解している。
・私ども中小企業にとって人材はまさに重要な資源であることを十分認識しつつも、目の前の業績や営業面に目を取られがちであり、基本的な人材育成および戦略については具体的な着手ができていない事実があり、そのあたりは目まぐるしい環境変化の中でより重要性を増しており、まさに中長期観点での経営戦略の一環として人材育成やポートフォリオを議論検討し始めたところである。
・10年後の各部門幹部候補生の育成に向けた研修は実施しているが、経年のモニタリングには至っていない。

必要性は理解しているものの、進め方が見えていない、経営として優先度を上げられていない、個別施策はしているものの総合的なモニタリングはできていないといった状況が伺えます。ただし人的資本経営といっても、一概に各社共通のプロセスがあるわけではありません。自社の現状を認識することは、最初の段階として必要なことです。

自社における人的資本経営を進めていくには

先述のアンケートの意見には、次のような意見が混在しています。

・検討できていない…フェーズ1
・検討はし始めているが、施策着手には至っていない…フェーズ2
・施策はしているが、モニタリングができていない…フェーズ3

まずはこのように、自社がどのようなフェーズにあるのかを整理することが大事です。現在のフェーズによって「人的資本経営をしていく」といってもやることが変わってくるからです。

フェーズ1については、自社にとっての人的資本とは何なのかを考えるところからです。まずは人数や年齢分布、資格取得者数といったわかりやすいところからでも構いません。人に関わる情報を可視化し、組織のパフォーマンスという面からも分析してみると、是非を議論できるような手掛かりが出てきます。同時に、今後の経営戦略における「人」の必要性についても議論できるとよいでしょう。そのうえでどうしたいかを考えること自体が、人的資本経営の議論へとつながっていきます。

フェーズ2については、「As-Is」と「To-Be」を考える段階です。すなわち、ありたい姿と現状との比較です。検討し始めているなかで、ありたい姿に関わる観点が、いくつか出てくることでしょう。それを、経営戦略と人事戦略の連動という点から整理します。そのうえで、現状とのギャップを抽出します。まずは現状を可視化する必要があるかもしれませんが、完璧でなくても構いません。そうした作業によって、「緊急度×重要度」のような整理ができると、施策の優先度が見えてきます。

フェーズ3については、情報の可視化・モニタリングが必要な段階です。何らかのねらいをもって行った施策について、その効果を検証することが、次の取り組みを進化させます。さらに、個々の施策だけではなく、人的資本経営で目指す大きな方向性に対して取り組み全体の効果はどうなのかという検証も必要です。逆にこのPDCAを回せるようになれば、人的資本経営の自社基盤が整備されたとも言えます。

人の能力発揮やモチベーション向上に関する取り組みというのは、多くの会社で注力されてきたことでしょう。それを施策ベースで積み上げるだけではなく、企業価値向上とつなげるストーリーをもって、自社の強みにしていきたいものです。ぜひ人という資本を軸とした経営を進めていってください。