【特別対談】明治グループ×伊藤邦雄教授
明治ROESG®経営推進とエンゲージメント向上モデル

明治グループでは、利益成長とESG指標の改善を同時に果たすことを目指し、ROESG®*を経営目標としています。その方向に向かう中で、企業価値向上を測る指標の一つとして、組織・社員の状態をはかる「エンゲージメント」を掲げています。以前からサーベイを活用したエンゲージメント向上への取り組みを進めてきましたが、より「何を見るべきか」に焦点をあてていく分析に関心を持ち、人的資本可視化サービスcoval「伊藤版エンゲージメント分析モデル」での検証をしていただきました。本対談では、ROESG®を提唱した伊藤邦雄先生にも参画いただき、データ活用を通じた人的資本経営のあり方についてお話しいただきました。
*ROESG®とは、自己資本利益率(ROE)とESGの評価を組み合わせた伊藤邦雄氏が開発した経営指標で、同氏の登録商標です。
【お話を伺った方】

明治ホールディングス株式会社 経営企画部長
山縣 洋一郎様

明治ホールディングス株式会社 グループ人事戦略部人事戦略グループ長
大河内 淳様

一橋大学CFO教育研究センター長・人的資本経営コンソーシアム座長
伊藤 邦雄様

BUSINESS-ALLIANCE株式会社 代表取締役
藤田 健太郎
明治ROESG®推進におけるキーファクターの1つが、社員エンゲージメント
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明治ROESG®という経営指標を取り入れることになった経緯を、最初にご紹介いただけますか
山縣様 これからの企業のあり方を考えていくうえで、利益成長とサステナビリティの同時実現というキーワードに社長以下、深く感銘したというのがきっかけでした。それで伊藤先生にお伺いしたうえで、2021年から始まる2023中期経営計画より、最高経営目標の指標としてROESG®を導入しました現在の2026中期経営計画でも一貫してROESG®を使っています。ROEと評価機関の指標、加えて「明治らしさ」を盛り込んでROESG®を表しているのですが、特に「明治らしさ」については自社で進められる社会課題への貢献指標に的を絞っています。
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ROESG®指標を開発したお考えと、まさに合致した取り組みが進んだということですね
伊藤先生 経営指標として活用してくださったことを、個人的にまずうれしく思っています。経営者自身がこの取り組みを良いと評価してくださったことも重要で、使用について相談を受けた際には、ぜひとお答えしました。投資家の中には他社と比較できる指標を求める声があると、山縣さんから伺っています。一方で「明治らしさ」を追求し、指標にも独自性を持たせるという一貫した姿勢も大切だと感じます。その考え方は、統合報告書にも表れているのではないでしょうか。良い意味での独自性は企業にとって重要であり、積極的に打ち出すべきだと考えながら拝見しています。

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2026中期経営計画の中では、重点戦略の1つとして人財戦略がうたわれています。経営指標の中でも人的資本をどのように考えているか、教えてください
山縣様 会社を変えていかないといけないという強い危機感がある中で、それをドライブする人財も大きく変わっていかないといけません。「人材版伊藤レポート」でも言われているように、経営戦略と人財戦略の連動はまさに当社でも強化すべき点の1つです。「サステナビリティと事業との融合」を経営戦略として目指していきますが、そこに資する人財づくりの連動は必須となります。エンゲージメントはその中でも重要な要素の1つであり、その向上が経営戦略実行の確度を高めることにつながると思っています。

大河内様 当社は、2009年に明治製菓と明治乳業の経営統合によって設立された会社です。そこから10年ほどは、内部公平性を意識して一体感をつくる方向に注力してきました。その結果、1つの企業グループとしてのまとまりは高まったのですが、外部環境を意識した人財面でのアプローチが足りないと問題意識を持ち始めたのが、「人材版伊藤レポート」が発行されたあたりです。現在は「外部競争性」と「多様性」を人財戦略の柱にして強化するとともに、エンゲージメントを高めて全員が同じ方向に向かっていくことを目指したいと考えています。
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企業価値向上とエンゲージメントをつなげて捉える点が重要ですね
伊藤先生 重視すべきは、持続的な企業価値の向上です。ROESG®という指標を考えたのは、別々に議論されやすい経済価値とサステナビリティを統合して考えるためでした。エンゲージメントは非財務指標の代表的な一例ですが、その向上が財務指標とどうつながるかは当然考えるべき観点です。ただし単純に示せるとは限りません。アウトプットやアウトカムと財務的なパフォーマンスの関係性を紐解いていく必要も出てきます。今回のプロジェクトはまさにそれに取り組んだという点で、意義深いと思っています。
エンゲージメント向上モデルを部署別に見ることで、具体的な手がかりが得られる
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今回のプロジェクトにはどのような背景から参画いただいたのでしょうか
山縣様 エンゲージメントと財務指標の関係はあるだろうと思いつつも、定量的に示せていないことに問題意識を持っていました。またエンゲージメントスコアだけを提示しても、社員からすると「それでどうしたらよいのか」となりがちです。部署別の業績指標とエンゲージメントサーベイとを分析してもらったときに、こうした問題を解くための手がかりが得られそうだと思いました。他のデータともかけ合わせて分析してもらいましたが、深みのある見方ができるようになったのがよかったと思っています。
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調査データの深堀りという点について、伊藤先生の考えをお聞かせください
伊藤先生 エンゲージメントスコアを開示して前年比を示すことはよく見られますが、投資家はそれだけ示されても判断のしようがありません。今回、部署別に業績とエンゲージメントの関係を見て、それぞれのエンゲージメント向上モデルを可視化したことは注目されます。単にスコアを提示するのとは解析のレベルが全然違い、社員にとっても考えるきっかけが示されています。必ずしも全社一律の施策が有効ではないといったエビデンスが、今回得られたと見ています。
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エンゲージメントの改善サイクルについては議論もさせていただきましたが、分析の活用についてはどう考えていらっしゃいますか
大河内様 これまでは、全体のエンゲージメントスコアをもとに「何をどうすべきか」を考えていました。しかし今回は、本社、支社、研究所、工場といった働く環境・仕事内容が大きく異なる組織単位(部門)ごとに傾向を分析したことで、多くの新たな気づきが得られました。たとえば、これまで漠然と課題を感じていたものの、具体的に取り上げてこなかった部門ごとの課題が明確になりました。また、エンゲージメント向上に影響を与えるキーワードが部門ごとに異なることも見えてきました。「会社への信頼」に課題がある部門と、「働きがい」に課題がある部門では、求められる施策も異なります。こうした違いを踏まえ、それぞれの状況に応じたアプローチが必要であることを改めて実感しました。
山縣様 最初は食品セグメントだけでこの検証を行ったのですが、経営トップの集うグループ人財委員会でこの結果を共有したら、他のセグメントでも実施したいという声があがりました。それで今、追加分析をしてもらっています。エンゲージメントが高いから業績がよいのか、業績がよいからエンゲージメントが高まるのかという点も、経年変化の中で見えてくるのではないかと思っています。
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covalサービスはまさにそうした活用に役立てられたらというところから開発をいたしました
藤田 前職ではベンチャー企業の上場支援に携わっており、上場後に整理されないままの多種多様な指標に振り回され混乱する場面を何度も目にしてきました。それは、意思決定のスピードを落としかねません。そこで、システムの力を使って意思決定をより迅速にできないかと考え、それを支援するサービスを検討してきました。今回は、エンゲージメントサーベイに加え、財務や労務のデータもかけ合わせて分析を行えたことが、弊社にとってもよい機会となりました。このアプローチが経営者の納得感につながることを実感するとともに、事業部側との会話においても具体的に示せる手応えを得られたと感じています。今後は、優先度の高い観点整理や施策検討のところもご一緒できればうれしく思います。
伊藤先生 データの収集と分析をただ継続するだけではなく、会社全体としての施策と、部署別の結果に応じた施策を進める中で、新たな発見も出てくることでしょう。時系列での進化もぜひ見ていくべきだと思います。さらに他の会社でもこうした解析データがたまっていくと、横通しで見られるようになります。業種ごとや規模別等の観点で分析し、さらなる糸口が得られることを期待します。

「会社のありたい姿」と「個人のありたい姿」の重なりが大きくなるための好循環を目指す
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データ活用の効果、あるいは課題については、どのようにお考えでしょうか
大河内様 データがあるかどうかで、説得力はまったく違います。たとえば労働時間のように、人事で持っているデータは多岐にわたります。そうしたものとかけ合わせることも考えながら、データの有効活用についてはさらに考えていけたらと思っています。また、職場ごとの特性が出れば、そこに対する打ち手も考えられます。そのサイクルづくりもぜひ考えていきたいと思っています。
伊藤先生 明治グループに当てはまるかはわかりませんが、たとえば社内公募制を使う人がそれなりにいるような会社であれば、該当者たちのエンゲージメントスコアを分析することもできます。その傾向値を見ながらキャリア施策を考えることもできますし、好循環を検証していくこともできるかもしれません。本来はできるだけ各人に寄り添った観点で見たいのですが、それはなかなか難しい。しかし少しでもセグメントできるような観点で探索してヒントを見出せると、より実のある人的資本経営になっていくと思います。
山縣様 実はこの4月から人事制度を変更しました。次回の調査実施時はその導入期で実施することになりますが、会社が変わろうとしているという思いがどう受け止められているか、自分も変わらなくてはという気持ちがどうスコアに出てくるかという点は、注視していきたいと思っています。
伊藤先生 社員の立場からすると、「経営陣や人事部門は本当にこの結果を受け止め、対応してくれるのか」と疑問に感じるはずです。そのため、データをしっかり分析し、「こうした仮説を立て、このような施策を実施しようと考えている」といったフィードバックを行うこと自体が、会社への信頼感につながると思います。
大河内様 今回からエンゲージメントの定義も変えました。社員それぞれのありたい姿と、会社のありたい姿が重なり、ともに成長したいと思うかどうかを重視しています。それと連動して、自らのキャリアを考えたり、必要なスキルアップを行っていけたりするような形を目指しているところです。

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個人のありたい姿と会社のありたい姿との同期という点は、「人材版伊藤レポート」でも示されていたかと思います
伊藤先生 これまでは「会社のありたい姿」についての議論が多く、「個々人のありたい姿」については各自に委ねられていた部分が大きかったと思います。しかし、個人のありたい姿を言語化し、「それは会社のありたい姿と重なり合っているか」と問いかけること自体が、とても重要だと考えます。この2つのありたい姿が近づくと、「会社をもっと良くしたい」「この会社に愛着がある」といった気持ちが高まり、結果として「やらされ感」が減ることになります。
山縣様 今回の分析で気づいたことがもう一つあります。スコアをみると、上司との会話は結構高く出ています。つまり仕事の会話はたくさんしているわけです。しかし、「会社はここを目指すから、私たちはどうしようか」や「君はどうなりたいのか」といった会話はほとんどしていないような気がしました。「どうありたいか」の話を増やしていく点が、これからの取り組みかもしれません。
伊藤先生 上司側がそうした経験をしていないという実情も影響しているでしょう。ただし昨今は「対話」が求められています。「君はどういうキャリアプランを持っているのか」と問い、「だったらこういうキャリアの人がいるよ」というような対話ができるかどうか。上司がキャリアのアドバイザーになれば、上司自身のモチベーションにもなります。
大河内様 会社として1on1の仕組みが整っていなかったので、新人事制度の導入に伴い、それも整備しています。ただ、いきなりやれと言われてもマネジャーの方々も困ると思います。これから研修等を通じて、“武器”となるものをいろいろと提供していきたいと思っています。
データを分析・活用して「やれている」状態を増やすことが、実効性のある人的資本経営につながる
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人的資本経営という観点で、これからどういった点に力を入れていかれますか
山縣様 食品や医薬品という、安定して求められる製品を扱ってきた会社なので、どちらかというと保守的な側面があるかもしれません。しかし外部環境変化が激しい昨今です。変化に対していかに明治グループとしての価値をそこに合わせて提供できるか。そうした人財がこれから必要だと思っています。外に対してしっかり目線を向けつつ、自分たちの価値にも焦点をあてていける人財ですね。ROESG®は会社の姿を示すものであり、そういう会社に変えていきたいと思います。
大河内様 4月から始まった新人事制度はかなり大きな変化ですので、人事の立場からすると、まずはそれを定着させていくことを重視しています。求める人財像は今の話の通りですが、加えて挙げるとしたら多様性と挑戦です。たとえば越境体験を最近1つの施策として取り入れていますが、いろいろなチャレンジ機会を通じて多様な視点を養うことで、外部競争性も身に付けてもらえたらと思っています。
伊藤先生 ホームにいると当たり前で気づかないことに、アウェーの立場になると気づきます。越境体験は、社外に限らず社内での“転職”や社内インターンという形でも体験できるでしょう。経験やスキルの多様性が高まるのは非常に大事なことだと思っています。
藤田 今回のプロジェクトを進めてよかったのは、部門単位で因子の優先順位が違うということが見え、必要な無形資産が変われば組織戦略が変わる点を一緒に証明できたことではないかと思っています。事業に適した組織をつくっていくための迅速な意思決定に、こうしたデータ分析が役立てるのではないかと感じています。

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人的資本経営の推進という点について、最後に伊藤先生からお願いします
伊藤先生 「トレード・オン」というキーワードは、明治グループの統合報告書にも登場していると思います。経営においては、「トレード・オフ」が避けられない場面が多々ありますが、そのバランスを取ることは非常に難しい課題です。今回の取り組みでは、エンゲージメントスコアを会社全体、部署別、さらに財務業績との関連という視点で分析したことで、リンケージも見えてきました。実感値とエビデンスが積み重なっていくと、明治グループがより強くなるだけでなく、この取り組みがモデルケースとして広く好影響を与えることになるだろうと感じます。何であれ、「やっている」と「やれている」には大きな乖離があります。データをしっかりと分析することで、「やれている」状態へと近づき、より実効性のある人的資本経営が実現していく——今回の取り組みを通じて、その可能性を強く感じました。
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本日はありがとうございました
※掲載内容は取材当時のものです。
お客様プロフィール
お客様 | 明治ホールディングス株式会社(証券コード:2269) |
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代表者 | 代表取締役社長 川村 和夫 |
所在地 | 東京都中央区京橋ニ丁目4番16号 |
設立 | 2009年4月1日 |
事業内容 |
食品、薬品等の製造、販売等を行う子会社等の経営管理および それに付帯または関連する事業 |
URL | https://www.meiji.com/ |